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円之助さん、ありがとう



 2023年が明けて間もない1月3日、ひろんた村母屋は最長老の円之助さんを看取りました。数えで98歳。トメさんとスタッフ数名に見送られ、静かに眠りにつきました。

 円之助さんがやってきたのは2020年の11月末。圧迫骨折で入院し、お連れ合いのトメさんが先に入所しました。退院後に移ったリハビリ施設で「帰る」とゴネているとのことで緊張して迎えましたが、何のことはない。トメさんがいないとダメだっただけ。母屋でトメさんを見ると落ち着き、ほとんど幼馴染みのような1つ違いの夫婦2人、母屋で仲良く暮らす日々が1年と少し続きました。

2021年夏。2人で大根の種取りをしてくれています

 変化が起こったのが2022年の3月、尿路感染症により3週間あまり入院しました。病院ではほとんど食べず、退院時にはすっかり痩せて嚥下もままならないくらい。医師には看取りの段階ですと言われました。ところが、トメさんのもとに戻るとみるみる力を取り戻し、少しずつだけど普通食が食べられるようになりました。「円之助さんが何をどのくらい食べた」というのがスタッフ間の挨拶のような日々がまたしばらく。

 夏が過ぎ、寒さが訪れた11月半ばに発熱。最小限の点滴や抗生剤投与を試し、少し上がったかな、やっぱりそろそろかな、と波がありつつも、元日のお祝いの席にはお屠蘇を舐める姿もありました。そして穏やかな天気が続いた正月3日目、意識が低下。訪問の看護師さんを呼び、この段階でのケアを指示してもらってから、1時間後でした。細くなった呼吸がすうっと、何でもないかのように消える。全ての煩悩が額の間から抜けきったような、本当にきれいなお顔で息をひきとりました。

 息が止まっても、まだ耳は聞こえるのだと言います。トメさんが顔をなでてあげる中、非番のスタッフや母屋の仲間も次々訪れてお別れをし、息子さん、娘さんも来られて、最期までやさしい空気に包まれて旅立ちました。


トメさんのお誕生日におまんじゅうを作りました


 トメさんなしではいっときも過ごせず、どこに行くにも「ばあちゃん、行こや」と声をかけては「先行けえー」と追い払われる円之助さん。2人並んで腰掛けて、トメさんにむいてもらったキャラメルを頬張る円之助さん。夜更けにちょっと呑みたくなってキッチンにやってくる円之助さん。トメさんの受診日には当たり前のように自分も外出の支度をする円之助さん。

 もともと食が細く、退院後はきっぱり好きなものしか食べなかった円之助さん。夜中ナースコールを押しては「まんじゅう」、「遊んでいけえー」、果ては「来たんか~」と笑わせてくれた円之助さん。介助が済んで部屋を出る時は、まっすぐこちらを見て「ありがとう」と言ってくれるのです。その一つひとつの場面に、言葉に、トメさんとのほのぼのした空気に、わたしたちはどれだけの温かさをもらったことでしょう。

一緒に過ごした2年と少し、たくさんの歓びと学びがありました。母屋の施設長は常々「先を行く人は全てを見せてくれる」と言います。そうやってわたしたちは、やわらかく巡る生死の中にいることを実感できるのでしょう。見事な生き方、老い方、死に方を見せてくれた円之助さん、ほんとうにありがとう。 (機能訓練士 歌野杳)


スタッフから一言

  • 円之助さんの素敵な笑顔と冗談に救われました。ありがとうございました。(生活相談員 川端里江子)

  • 円之助さんの笑顔が大好きでした。いつも「ねえちゃん、ありがとう」と言ってくれてありがとう。(介護士 吉田愛)

  • 職人かたぎの人だったけど、「ありがとう」「おおきに」の言葉が心に残っている。最後に聞いた言葉も「ありがとう」。その言葉の大切さを学び、とても勉強になった。(介護士 江浜敏弘)

  • 笑顔がとても素敵でした。(介護士 立石美深)

  • 関わらせていただいたのは9ヶ月間。最期を看取るのは、誕生と同じように、なんだか喜ばしい、しみじみ感動する体験でした。「全うした」過程を見せて下さったことに感謝です。そして、これが隔てられるのではなく、当たり前に私たちの暮らしの側にある、そんな社会を作っていきたいです。(機能訓練士 松崎美和)

  • 寅年の円之助さんと笑顔で握手できたことは、私の誇りです。(介護士 白井あかり)

  • トメさんの裁縫箱に現れる職人技に感動しました。(生活相談員 山岡洋介)   *トメさんは大工の円之助さん手作りの美しい裁縫箱を愛用

  • 私の中にある円之助さんは、両手を組んで、目を閉じて車椅子に座り、そして話しかけるとゆっくり目を開けてこちらを見て頷いてくれました。深い深い優しい目で。今は軽い身体になってトメさんの近くにいはるんやろな。五島でご縁があり、お会い出来て嬉しかったです。円之助さん、ありがとうございました。(ボランティア看護師・越山嘉代)

  • もうすぐ行きますからよろしく。形見のズボンを愛用しております。(理事長 歌野敬)

  • 一言で言えば情のある人でした。それもとっても温かい。ありがとう、すまん、旨い、不味いも含めてストレートにこちらの心に伝わってきました。一緒にいるのが楽しかったなあ、感謝です。(施設長 歌野啓子)


自分で建てた家の大黒柱と。「襖以外は全部自分で作った」という立派なお家です

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