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国は違っても
春はお客さんが多く、中でも滞在が長かった台湾からのお客さんとは濃い時間を過ごしました。 商社を早く退職して田舎暮らしを楽しむアンさん、地域文化の保存に努めるジェンさんとテレビ番組制作に携わるジミーさんご夫婦。3人とも台東の小さな街に住んでいます。長年、パーマカルチャーを学んで様々な実践をしているとのことで、ひろんたの暮らしに興味を持って来てくれました。ツワブキを引いてむいて料理し、味噌をつき、アジのすり身を作り、教会見学や島の西の果てまで魚市場に行ったり。散歩がてら歌野家まで朝ごはんを食べに来るのも日課でした。国は違っても思いは一緒だと、こんなに通じ合えて楽しい時間を共有できるものなのだ、と本当に嬉しい出会いでした。 そんな三人がひろんた滞在の感想を寄せてくれています。 日本語が堪能なアンさんはご本人の文章そのままですが、ジミーさんとジェンさんは自動翻訳によるものでやや誤解を招く部分も(笑)。こんなに美しい暮らしはしてません、と、恥ずかしくなりますが、エッセンスは伝わるかしら。 (ジミーさんより) それは、島の山奥にひっそりと佇む、人口のまばらな


啓蟄 イノシシも…
やっとまとまった雨が降るようになり、カエルの声とともにいろんなものが動き出すのを感じます。生き物も、物事も。お客さんもちらほら来ます。 道 月初めには同じ五島の奈留島から、それぞれ「好き」を仕事にしながら島暮らしを楽しんでいる若者3人が来訪。炭材運びと、炭窯までの道の端の崩れた部分を一緒に補修してくれました。石積みは燃えるんです。「この石かな」「動くから小さい石を噛ませなきゃ」「三角の石ないかな」。あれこれやって、帰るまでに基礎が完成。数日後にもう少し積んで、軽トラも脱輪せずに通れる道になりました。通るたびに思い出して嬉しくなります。手仕事は全て経験、「楽しい」が根っこにあればさらに中身の濃い経験です。 半ばには国際交流員グンジャンさんを招いてインド料理教室を開きました。メニューはじゃがいもとキャベツのサブジと平たいパン、パラタ。自家製全粒粉の香ばしさと土間に置いた七輪に、ひろんた感を感じてもらえたかも。 先週は香港から旧知のお客さんが来て、ひろんた豚のモツ煮(下記の丸山氏作)やヒレカツを味わってもらいました。 炭焼きも進んでいます。最初


元気で!(12月の短信より)
【ありがとう、元気でね】 このハム加工が始まる直前の12月19日、移転される方の最後のひとり、徹さんを見送りました。徹さんとお母さんの節子さんは母屋の開所メンバー。というより、お二人の入居をもってひろんた村母屋がスタートしました。 7年前 節子さんは、幼い頃の事故で障害が残った徹さんをいつも最優先してきました。入居当初の徹さんは自分ルールがたくさんある上に頑固で、節子さんもそれを支持するため介助側もなかなか大変な思いをしたものです。母屋で月日を重ねる中で、だんだんと節子さんの肩の力も抜け、徹さんの態度も軟化していきました。歳をとって色んなことを手放していくとともに忘れっぽくなる節子さんを、今度は徹さんが「お母さん、薬飲まんば」という具合に目配りしてくれるようになります。 そして今年の8月にそのお母さんが亡くなり、今月は自分が別の施設へ移動。大変化の年ですが、徹さんは終始落ち着いていました。お母さんの死に際しても周りの心配をよそに、「仕方がないけん。明るいことだけ考える」と淡々と日々を送る。今回の移動も動揺することはなく、こちらの涙をよそに笑


体験、そして発見(11月短信より)
二季化が進んでいると言われますが、今年もそれをひしひしと感じます。暖かい陽気に油断してたら慌てて冬支度、という方も多いでしょう。ひろんたも朝晩の冷え込みが強くなり、1日の中にも二季ありという感じです。 先月まででお伝えしていた母屋運営の移行も何とか進んでいます。今月は2年目からいてくれた風浦さんともうひと方を見送りました。寂しいし、新しい道は不安だらけですが、物事は常に移り変わるものです。景気づけも要るしと、これからも残ってくださる方のお誕生日を五島牛のヒレステーキでお祝いしました。喜んでもらってこちらも幸せ。 先月はまた京都から学生インターンの山本さんを迎えました(下記)。田んぼ作業にかかわってくれた地元の高校生がハム作業体験にも来てくれました。やっぱり上の世代と若い世代どちらもいてくれると、暮らしの円がより完全になる気がします。そんな場所をめざして、地道に前を向いていこうと思います。(歌野杳) 【ひろんた村体験】 今回参加させていただいた5日間のインターンシップでは、多くの学びと気づきを得ることができた、とても濃い時間でした。 とれたて
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